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自宅カラーリングの苦労

市販の白髪染めを買って染める事も結構ある。
その昔、母が40代だったと思うけど一度染めたら地肌を
傷めて散々な目にあったとかで以後は白髪は増えるままに
現在至っている。ある意味割り切れば、それも楽かもしれない。

私は50歳くらいからヘアマニキュアなど始めたと思う。

10年ほど前、初めて美容院で染めた時はちょっとした
冒険だったと記憶している。
元々、まさに黒髪で栗色にすること自体自分でないような・・・。
でも、「お顔もやわらかい感じになりますよ。」などと言われて
とうとう決断したものだ。
以降、ヘアマニキュアとカラーリングを交互に繰り返したりしていたが
どんどん白髪が増えて、ひと月もすると、気になって仕方ない。
でも、無職の私、外出の機会も無いのにただおしゃれのためだけに一度に
数千円もかけて染めるのも勿体無いということで遂に自宅染めを決断。
二年ほど前から・・・。勿論、美容院でも時々はお願いしている。

私の場合いわゆる頭皮がかぶれるということも無く意外と手軽なので、
あまり苦にもならない。

先日も、久しぶりの外出予定があり、どうしてもその日に・・・と思い、夫が在宅
だったけど作業を始めた。

これまで使っていたメーカーのものが見つからず、どんな臭いかなどは
分からないまま液を混ぜたりしていたら、その段階から夫が「わっ、何
その臭い。もう、ダメ」と大騒ぎ。別室に入ったり窓を開けたり換気扇を回したり
しているが、私も途中で止めるわけにもいかず、本当に困った。

美容院で染める時とほぼ同じような臭いだけど、馴れない夫にとっては最高に
不快だったらしく、今度は自分が居ない時にしてくれと釘を刺された。

市販されているものは、よく吟味して買わないければならないと思い知った。
でも、なかな良い感じに仕上がったので、ちょっと残念。
優しい香りなら申し分無いのだけど・・・。でも、そこまで言うと成分そのものを変えないと
いけないわけでメーカーにとっては一番の課題かもしれない。
by gerakon | 2013-09-07 20:19 | Comments(0)

秋雨前線やっと去り

まさに梅雨のような雨続きでウンザリだった。その間にも各地で竜巻だの、記録的
豪雨だの・・・テレビニュースなどは目を覆うほどの毎日だった。

今日やっと待ちに待っていた朝から一日中晴れ。
我が家はフローリングの床が湿気が多いと波打ちフワフワとなるので、不快指数も増す。
年取った私たちには、どこもかしこも段差だらけの気分でつまづきそうになる。
晴れると不思議なくらい改善される。まるで生き物みたい。

この所、毎日のように何かと天候に振り回されていたので、少しこの好天続いてと祈るばかりだ。

車で出かけるのも雨の日は鬱陶しく先延ばしになっていた、あるご高齢の方の
お見舞いに伺ったが、相当体調を崩されているらしくお会いする事も叶わなかった。

これも、いつまでも暑かったことやジメジメした天候のせいだったのかもしれない。
どうか少しでも快復されまた、きっと会える日が来ることを願いながら辞した。

色々気の重いことも多い毎日だが、美しい夕焼けや赤とんぼなど秋の気配に慰め
られた一日でもあった。
by gerakon | 2013-09-05 18:12 | Comments(0)

倍返しと半返し

今、ドラマの影響で「倍返し」という言葉、毎日何度も見聞きする。
ドラマを見ていないので違うかもしれないけど、この場合、多分「仕返し」の
ような意味合いで使われているのだと思う。

一般的には何かのお祝いやお見舞いなどのお返しという日本のならわしとして
捉えて良いのでは無いかと・・・。
もう二十年以上前の事、今は亡き義母が友人のお見舞いに、お返しの気遣いが
無いようにとの配慮でフルーツを少し持って訪ねた事があった。

間もなくかなりの金額の商品券が快気祝いとして届けられたが、当時は、お返しに
商品券というのは、まだ珍しい時代で、それだけでも義母は驚き『きもちだけだったのに』と
その方の真意を測りかねている様子だった。「倍返し」以上だったのかもしれない。

時代の流れと共にお見舞い返しでも、カタログギフトの利用も多くなっているらしい。
本当に「何でもあり」の世の中。

でも、私個人的には倍返しは、頂いても、どうも釈然としない。取りあえず半返しの
方が礼儀にはかなっているのではないかと。人それぞれと分かってはいるけれど。

今、ふと思い出したけれど友人の息子さんに結婚のお祝いをしたら同額の商品券が
丁寧な挨拶文と共に結婚式が終わるやいなや内祝いとして届いたことがある。
驚きというより、何とも言いようの複雑な思いを抱いた。

お返しの習慣・・・手紙だけでも充分伝わると思うのだけど、私達が生きている間に
日本の習慣として無くなってしまう事はまず無さそう。
by gerakon | 2013-09-03 21:54 | Comments(0)

親孝行って・・・

この夏著名な方の講演会に出かけた。
聴衆の年齢層が大変幅広く中高生から老人まで。

骨子はとにかく若者を・・・若者の心をまっすぐにどんどん育てよう。
大人は子供たちに伸びやかに暮らせるよう沢山の惜しみない
愛を注ぐ、いくらでも絞り取ってもすねをかじってもいいといったようなお話し。

結局、親孝行したい時に親は無し・・・なんて言うけれど
親には自分が生まれたことにより子供を育てる喜びを体験してもらうだけで
もうすごい親孝行なのだそうだ。

また、わが子に限らず、社会生活の中で後に続く人若い人を慈しみ育成するということが
恩返しになるということみたい。

親孝行という発想そのものを不必要なものとされたわけだ。

ちょっとショックを受けたけど、物珍しくもあり、いつの間にかなるほど~
なんてひとりつぶやきうなずいていた。

今、正に私が全然親孝行出来ていないことを悔やんでいるけど自分にとって都合の
良いお話しにずいぶん気持ちが軽くなってきた。単純なのだ。笑

だから、生きている限り人は物心両面で下へ下へと施し(?)続ける義務があるみたい。
とても深い話ではある。結局、親や社会から真の愛を受けた人は他者も大切にする。
人を傷つけるなどという発想に及ばないのだ。
それが平和な社会に繋がるということなのかも・・・。
by gerakon | 2013-09-01 22:01 | Comments(0)

ゲラ子のアラ還日記改めヴィオラばばの時々日記とします


by ヴィオラ
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