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懐かしのポポー

今朝の情報番組で『幻のフルーツ』として紹介された。
これは何だと思いますか?と黒くシルエットが映し出されただけで
思わず『あっ、ポポーだ!』と声を上げた。
街頭インタビューでは、目かくしで味見をしても実物を見ても
全く正解は無し・・・。

私が小学生の頃、もう50年以上前、祖父が庭で一本だけ育てていた。
たわわに実るというのではなく、今年は何個かな?と数えるほどだった
と記憶している。ゆえに(?)孫だからと言って幾つも食べられるわけではなく
祖父は主に普段お世話になっている人に差し上げていた。
その頃の印象としては、とびきり美味しいものでもなく、バナナをちょっと
甘くしたような感じだったかと・・・。

それ以降、ポポーを庭に植えているお宅は一度も見た事が無く、何て
広く出回らない果物かしら?と不思議に思っていた。

今朝、謎が解けた(^v^) 収穫後、三日位で黒ずんでしまうというのが
最大の原因で、流通しなかったわけだ。
今は翌日には宅配可能になったということで、販路が広がり結構高値で
取引されていると言っていた。

北米産で耐寒温度も結構低いらしいので日本でも十分栽培可能なポポー
数年後には近くのスーパーでも山積みされるかしら?今は一キロ3000円
なんて高値みたいだけど、そのうち相当安くなると思う。
でも、私は飛びつかないかも…(笑)
by gerakon | 2015-09-30 09:54 | Comments(2)

エコー検査 経過観察継続

集団健診で引っかかった(笑)甲状腺腫のエコー検査。
前回は半年前、初めての細胞診検査があり、ドキドキしたけど
結局、悪性では無いでしょうと言われホッとしたものだ。

今回は取りあえずエコー検査だけ。大小の、袋のような腫瘍が
ゴロゴロしているらしい。呼吸器を圧迫するようになったら
悪性でなくても手術をすることになると言われ少しションボリ。

でも、自覚症状は全くないので集団健診を受けていなければ、
ずっと放置していたと思えば、検診により、こんな病気を抱えた事を
知らせてもらえたわけで良かったと言えるのかもしれない。

来年年明け早々、肺のCTを予約しているので、その結果も
見せて欲しいと言われ、当日ははしごすることになりそう。

人間の体で癌の出来ない部位は無いと、20年も前、内科医師に
言われた事がある。当然と言えば当然だけどそんな風には考えた事も
無かったので、健康な時は、それだけでも、感謝して過ごさなければと
思ったものだ。

どんな病気になっても、慌てないで上手く付き合っていければ良いのだけど
全く自信の無い私…(笑)
by gerakon | 2015-09-28 18:59 | Comments(2)

映画会 『おとうと』

劇場に観に行く事は殆ど無いけど、一年ほど前から二カ月に一度のペースで
映画観賞会が開催され、タイトルに興味があるものだけ観るようになった。

今日は吉永小百合さん、鶴瓶師匠の『おとうと』。久しぶりに引き込まれた。
前の席の私より少しお若い?男性は何度もハンカチで涙を拭っておられ、
もらい泣き(笑)
名付け親にもなったという、可愛い姪の結婚披露宴もお酒のせいで、大暴れ・・・
台無しにしてしまう。こんな弟ならいない方がマシなんて思って観ていたけど、
そのお陰で?嫌味なエリートドクターとの結婚生活も長く続かず離婚することに。
でも、結局エリートでは無いけれど心やさしい幼馴染と再婚出来たのだもの。

叔父さんの大暴れも役に立ったということかもしれない。(笑)
小百合さんが演じると、女優さんだけど本当に実際もこんな人かと思ってしまう。
既に70歳?まだまだ沢山の作品を残して欲しい。

最近はずっと慌ただしい日々だったけど、今日はほっこり、心温まる一日となった。
by gerakon | 2015-09-27 20:59 | Comments(0)

母への気持ち

一昨日も、疲れてはいたけれど、とても気になり母を訪ね、食事介助掃除等を
して、夕方から母の部屋へ移動。膨大な量の書き物、手紙類の処分などした。

中には私達兄妹が母に宛てた手紙もあり、驚いた。ずっと兄家族と同居だった母は
兄嫁に気を遣い『私は勝手に手紙を書くけど返事はいらないから』といつも言っていた。
私はちょっと冷たいかなと思いながら母の希望なのだからと結婚後は返事を書くなど
殆ど無かったので、数通の便りも母にとっては宝物だったのかもしれない。

修学旅行先からの信州の絵ハガキは、50年近く前…私は書いた事さえ
忘れていた。(笑)兄がツーリング中に投函したらしいものもあった。
それぞれ、本人に渡し、ずっと大切に保管していた子供達への母の愛が感じられたら
良いと思う。

母は字は上手では無いけれど、とにかく、書く事が好きで、長編小説にしたら、一体
何巻になるかしらという程の量だ。随筆的なものや新聞の記事をそのまま書き写した物まで
ある。全部を残すのは大変なので一部暫く保管、最後に母に渡し寂しくないように一緒に
旅立ってくれたらと思っている。
圧巻はチラシをきれいに細長く切り貼り合わせ巻物風にして、家計簿ならぬ自分が使った
買い物の合計を細かく毎日書いていた事。塵も積もれば、最終的には凄い金額になるわけで。
残金かと思いきや、笑ってしまう。同居だったのでお寺へのお布施など以外は個人的なものばかり。
入院費用、クリーニング、お供えのお菓子果物、おやつ、孫たちへのお小遣い、冠婚葬祭費、
年金暮らしになって使った金額。どんどん増えるばかり。(笑)
くるくる、テープの様に巻いてある。(笑)

義姉とこれは、もういいねと笑ったけれど、すべて母の大事な歴史なのだから最後は
一緒に持たせてあげたいと思ったり。今は的確に判断したつもりでも悔む事はあるはずだ。

繰り返し思い悩んでいた、母が存命中の片付け。今は、母の生きざまを、おぼろげながら
意識あるうちに知る事が出来て、やっと良かったと思えるようになってきた。
出来るだけ、笑顔でこれまでの苦労をねぎらってあげたいと思う。
by gerakon | 2015-09-25 09:57 | Comments(2)

卒寿、傘寿のご夫妻を囲む会

多忙を極め、時々日記とは言え一週間もブログをお休みしてしまう。
一昨日は恩師ご夫妻の卒寿、傘寿のお祝いの会があった。私は、そのお世話係になり
栞づくり、司会の打ち合わせに加え、急な集合場所の変更の連絡などで、てんやわんや。

何だか当日は疲れてしまい、皆さん美味しかったと言うけれどどんなメニューだったか
覚えていないほど。(笑)069.gif

でも、主賓のご夫妻が涙を流して喜んで下さり、笑顔の写真をたくさん撮ったので、それを
眺めては、とにかく滞りなく終わった事を安堵しているところ。これから、お手紙も添え、
その写真を参加者に送る作業が残っているけれど・・・。012.gif

栞の表紙は娘にご夫妻の写真を写メで送り、似顔絵を描いてもらったのは良いけれど
お会いした事も無い人のぼやけた写真だけ見て描けなんて酷だと、もっともな事を言われ
てしまう(笑)040.gif
でも、もう変更は出来ないからと頼み込み何とか、出来上がった。

送られてきた似顔絵に、私がネックレスや、タイを加えたりして更に塗り絵(笑)そして、次に
みんなが一緒に歌えるように誰でも知っている歌の(ローレライ、紅葉、今日の日はさようならなど)
歌詞もプリント。カットは、やはり娘の作品を許可なく借用…(笑)
多分、これらの作業が一番の疲れの原因だったと思う。翌朝体重が2kg近く減。((+_+))(笑)

10才違いのご夫妻、次は白寿と米寿?と言いながらも私達がそれまで生きていれば
良いのだけどと笑った。今後は節目では無くそれぞれの都合が合えば良い季節を
選んで集まりましょうと話した。056.gif

ご夫妻はお互いをかけがえの無い存在として大切に思っておられるのが、そのまなざしや
しぐさから感じられ、お姿を拝見するだけでこちらもほんわかと温かい気持ちになる。
今回お会いできたことは自分の生き方を反省したり、今二人揃って生きている事だけでも
感謝するよい機会になったと思う。

056.gif
by gerakon | 2015-09-24 15:12 | Comments(2)

死生観あれこれ

母はとても長命で現在99歳。しかし、周辺で50代~60代前半の働き盛りの
方が亡くなる事が相次ぎ、ちょっと考え込んでしまう。

死も生も基本的には自分で選ぶ事は出来ない。
母は長命を切望していたわけではなく、色々な条件が
整い、長い人生が与えられたのだと思う。
誰も憎まず、不満も口にしない。それは、それで美しく尊い事だと思うけれど、
力を振り絞って生きている感じが娘としては痛々しくて・・・・。

若い時は生きる意味って、あえて論じ合うことでもないくらい
絶対失われてはならないもの。命は大切な大切なものと捉えていた。
事件や事故で突然若い命とその未来にシャッターが降ろされてしまった人の
事を思うとき、胸が張り裂けそうになる。

しかし高齢になり、思考力も衰え、言葉を発する事も無くなり、勿論、自分自身の
過去や未来をを見つめる事も出来なくなって、尚生きなければならないって・・・。

誰かの為に、生きるというのが一番わかりやすいかもしれない。
今、私達同年代の(60代~70代)人達は先ず、配偶者の面倒は私が
みなければ・・・と、それだけが生きる意味のように話す人が多い。

『そうね、介護するために、生きてるんだ~』苦笑しながらも、だから
健康でいなくちゃと足腰衰えないようにトレーニングに励む。(笑)
でも、配偶者がいなくなったら・・・?
今度は、子供の為に孫の為にと言っても、親は必ずいなければならないと
いうことは無いはず。自分を介護してくれる人は殆ど傍にいないわけで・・・。

自分が生きている事で最後まで誰かが喜んでくれる、また役に立つ人で
あり続ける事が出来たら、何よりの幸せなのだと思う。

私にはそんな自信は、全く無いので、それらを模索するのがこれからの生きる
課題なのかもしれない。
by gerakon | 2015-09-17 17:18 | Comments(2)

41回目の結婚記念日

去年は節目だったので、覚えていたし、息子からも申し訳ない位の
お祝いをして貰ったり、かなり印象に残る記念日だった。

今朝、夫は当然のように忘れていた。でも、私だってゴミ出しカレンダーを見て
思い出すという始末。ちょっと情けない気持ちになったが、そうだ今日は
絶対不機嫌にならない日にしようと心で誓い、夫にも『今日一日お互い
ニコニコご機嫌で過ごしましょう』と言ったら、少し憮然とした表情で『はーっ、何で?』と
言うので『41回目の記念日でーす』と言ったら吹き出されてしまった。

結局、お食事にでも・・・ということも無く、ただ機嫌良く過ごしただけ(笑)
夫は楽しそうに木工の新作に取り掛かり、図面を引いてみたり、材料を見に出掛けたり
しているうちにやはり、すっかり忘れてしまったみたい。

まっ、取りあえず二人とも何とか今日は元気で過ごせたわけで感謝感謝003.gif056.gif

明日からの一年間も何とか平穏無事に過ごせますように・・・。
by gerakon | 2015-09-15 17:43 | Comments(2)

子供たちの体育祭の思い出

今年も体育祭シーズンがやって来た。運動オンチの私は運動会には
練習も含め良い思い出が殆ど無く、当日は具合悪くなって欠席出来ない
思っていたほどだ(笑)

子供たちが私に似たら、申し訳ない、どうしようと本気で心配していた。(笑)
因みに夫はスポーツで出来ない事は無かった。体育祭の花形だったと
豪語する人だ。007.gif

先ず、息子。幼稚園から小学校低学年は走ってもビリでは無いけど、
速いグループには遠い感じ。
でも、どうしたらタイムが上がるか知りたいと小学校の時陸上部に
入って、少しコツが掴めて来たと喜んでいた。努力の甲斐あって
割合速くなってきてクラス対抗リレーなどにも出た記憶がある。

次は5才下の娘。この子は父親そっくりで、努力などしないで速く走れて
しまうというタイプ。娘の運動会。普段はおとなしい娘が疾風の如く走る姿を見て、
ワクワク心の中でガッツポーズをしていたものだ。071.gif
中学では陸上部で高跳び、短距離走何でもこなして、見つめる私の目は
キラキラ星だったかも・・・・。003.gif
でも、アキレス腱を切る怪我をして残念ながら第一線は退いた。
運動部に関わっていたいという気持ちは変わらず、高校では
テニス部、大学ではラグビー部のマネージャーとして走り回っていた。

息子の中学、高校は、同じ敷地内に小学校から高校まであり、体育祭は中高合同
で例年行われていた。そこでは、毎年素晴らしい体育祭を家族も存分に
楽しむ事が出来た。
全て生徒が作り上げる伝統の体育祭。目玉は、マスゲーム、応援団。
そして、それらの演者の衣装作り担当、赤白軍の巨大なやぐら担当。
一年がかりで、準備し、当日は完璧に仕上げる。
三年生は、体育祭が終わってから、きっぱり受験モードに切り替える。
今年もテレビ局の取材があり放映されていた。又、目玉のマスゲームは
ヘリコプターからの空撮を初めて見る事が出来た。

息子は、そのマスゲームの動きを初めてパソコンで作成、演ずる一人にも
なった。それぞれの得意分野がちゃんと生かされている事に感謝し、涙する
6年間だった。卒業して20年?いまだにこのシーズンになると何やらソワソワ
落ち着かない母だ。

私の体育祭は『違う涙』無しでは(笑)語れない散々なものだったけど、
夫のお陰・・?か子供たちでは良い思い出ばかりで本当に感謝している。040.gif
by gerakon | 2015-09-14 14:41 | Comments(2)

育児日記今昔

母が三人の子供の育児日記を残している。
数年前に私の為に書いた小さなノートを渡してくれた。
三人目となると、忙しくもあり、あまり珍しくもなくなったのか(笑)
細々とは書いていなかったけれど私だけの宝物となる。

兄の事は、初めての子、しかも男の子ということで、ずいぶん嬉しい気持ち
と成長の様子をたくさん書き綴っていると思う。

私と一歳七カ月しか違わない姉は、やや早産気味で、未熟児に近かった
とのことで、ちゃんと成長するか、どうかとずいぶん心配し、育てる事に
必死だったようだ。
だから、きっと心配事ばかり書いているかもしれない。

私も産院から記念にと頂いた『育児日記』を母を見習って書いていた。
でも、日記では無く、節目の記という感じ。
やはり、上の子の方が時間もあり、詳しく書いている。
書棚に置いていて、数年に一度何かのついでに開いて見るだけなので
『えっ?こんな事あったっけ?』と結構忘れている事も多い。
だからこそ貴重なのだと思う。息子が4歳の頃、お嫁さんはママみたいな人が
良いと言ったらしい。それは、払拭した方が良いと思う。(笑)

娘に育児日記つけている?と聞いたら忙しくて・・・お母さん孫の成長の過程
書いといて・・・だって。
時々『ケン、つかまり立ちから歩くまでどれくらいかかった?』などと聞いてくる。
ちょっと待って・・・日記見るからと答えるけど、娘に聞かれる事を前提に
書いてはいないわけで…(笑)孫の成長日記でもないし。

でも、少し前までは遠く離れた孫の成長の様子なんて写真でしか
見られなかったけど今や電話も多機能で双方が姿を確認しながら
おしゃべりが出来る。いまだにどうしてこんな事が可能なのか
不思議でならないおばあちゃんだ。(笑)それにしてもこの時代に孫が
持てた事を本当に幸せだと思う。
年に2~3度しか会わなくても、お互いそんなに久しぶりという感じじゃない。

ちょっと味気ないと思ってしまうけどメールの履歴なども孫の成長の手掛かりに
なるかもしれない。001.gif056.gif
by gerakon | 2015-09-11 15:54 | Comments(2)

母の終活 

今日も実家と、今、母が療養中の家に行って来た。
圧迫骨折の痛みが緩和されて来たのか先週より起き上がるのが
ずいぶんスムーズに出来るようになっていてびっくり。
でも、肺に水が溜まっているとかで少しの動きで呼吸が荒くなるのは
変わらず、これは見守るしかない。

母の所には午後三時過ぎから、トイレや食事の介助、各部屋の掃除など、
三時間ほど滞在。私、にわかヘルパーさんだ。(笑)

午前中から四時間ほどは、実家で義姉と部屋の片づけ。
まだ、生きている間にこんな事して良いのかと複雑な思いもあったけれど
母は自分で終活が出来ないのだから、私が代わってしてあげようと気持ちを
切り替えると少し楽になり、小さな物まで心を込めて向き合う事が出来た。

特別大切にしていたらしい手紙が出て来た。70余年前、10代後半で亡くなった
母の妹が病床で書きしたためてむものだった。
私はただ、とても美しい人で、思いを寄せる人が何人もいたと聞いている
だけ。文字を見るのも初めてだった。

内容は、急に次々頭に浮かんできた短歌を書き付けたけどお姉さんにしか見て
頂く人がいないのでお忙しいでしょうが目だけでも通して下さい。
今の私が実際に思い、願っていることですという書き出しだった。
その部分だけで、叔母の心情を思い、涙がこぼれた。
私は俳句とか短歌など全く素質が無く分からないけど、10代の女性が
こんなにも命をかけて打ち込んでいたのかと胸を打たれるばかり・・・。
美しい文字だけど鮮明でなく、読みづらい部分もある。
短歌だけは打ち直したいと借りて来たので、手紙は次回兄に渡す予定だ。

驚いたのは父の遺書まで出て来た事。これは、父が出征前に母親宛に
書いたもの。巻紙、毛筆の見事な字。
無傷で復員したけれど、これは祖母が母に託したのか捨てられないで
いたのだと思う。
不用品は山ほどあったけれど、これら母が一度も手放さず大事にしていた
ものは、勿論勝手に処分なんて出来もせず、ちょっと早いけど棺に・・・と
思いめぐらした。

ちょっと可笑しかったのは母の通知表。自慢はしていなかったけど
その口ぶりから成績が良かったらしい事は推測出来ていた。
何と『オール甲』パッと見た時は『中』に見えて、一人で笑ってしまった。
これは母の密かな誇りだったのかもしれない。これも同じく棺に…(笑)

この度は、大変だったけど、言い知れぬ心温まるひと時となった。

片付けはまだまだ続くので少なくとも立ち会える事を喜びとしたいと思う。
by gerakon | 2015-09-10 08:19 | Comments(2)

ゲラ子のアラ還日記改めヴィオラばばの時々日記とします


by ヴィオラ
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